著者   Christopher Faulkner-MacDonagh, Ph.D.
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地政学、 財政拡張、そして新たなインフレ局面

2026年6月, マルチアセット

サマリー
  • 地政学的な分断、財政拡張、供給制約といった構造的要因がインフレ環境そのものを変えつつあるため、足元のインフレ鈍化は一時的なものに終わる可能性がある。
  • インフレ率が高止まりする環境下では、従来の政策運営の枠組みや株式と債券の相関関係は、以前ほど安定的に機能しない可能性がある。
  • インフレの変動から恩恵を得られる実物資産などが、こうした環境下において重要な役割を果たすと考えている。

過去2年間、投資家たちは「インフレは低下傾向にあり、金融政策は緩和局面に入り、経済成長は底堅さを維持する」という単純なシナリオに安心感を抱いてきました。これは、リスク資産への投資を拡大するとともに、政策支援を期待し、市場のボラティリティは一時的なものとみなすという、よく知られた行動パターンを後押ししました。実際に、市場は「過去のショックは過去のものであり、同様のショックは当面起こらない」かのような動きを見せました。

しかし、最近の地政学的緊張により、投資家はより厄介な疑念に直面せざるを得なくなっています。最近まで続いてきたディスインフレ的な環境は非常に脆弱なものであり、過小評価しているのではないか、という疑念です。
 

ディスインフレは一直線に進まない

一見すると、足元のデータは安心材料を示しているように見えます。インフレ率は、パンデミック後の高水準から明らかに低下してきました。しかし、その背後にある構造は必ずしも安心できるものではありません。現在の局面は、インフレ圧力が単発的なショックではなく、波のように繰り返し発生する過去のインフレ局面と驚くほど似ているからです。このことは重要なポイントです。なぜなら、市場は物事を直線的に捉える傾向があるからです。インフレ率が低下すると、政策が「機能した」とみなされます。しかし、歴史を振り返ると、初期のディスインフレ局面では、市場環境そのものが根本から正常化したのではなく、むしろ一時的な安定局面に過ぎなかったケースが多く見られました。

歴史は繰り返されるのか(あるいは似た展開をたどるのか)?

現在の環境も同様の特徴を示しています。インフレ率は低下しているものの、2010年代を特徴づけた構造的な低インフレ水準には戻っていません。さらに重要なのは、中国を中心とする強いディスインフレ圧力が存在する中で、このインフレ率の鈍化が起きているという事実です。アジア地域がこれまで世界中にデフレ圧力を波及させてきたことを考えると、投資家にとってこれは極めて重要な要素です。しかし、そうした圧力が今後も持続するとは限らず、確実であるとも言えません。
 

従来型の政策はもはや機能せず

歴史的にみると、金融政策と財政政策は、景気拡大期には引き締めを行い、景気後退期には緩和を行うという順序で機能してきました。しかし今日では、経済を取り巻く環境が変化した可能性があるため、そうした政策運営の有効性が低下しています。失業率が低いにもかかわらず財政赤字が拡大している事実は、従来の政策サイクルが機能しにくくなっていることを示唆しています。各国政府は、本来であれば、経済を鈍化させてしまうようなショックを、政府の財政支出によって吸収しているのです。

新型コロナウイルス後のデフレ圧力は顕著だが限定的
持続的な財政赤字や低い失業率は、ディスインフレの状況を複雑にする可能性

これには2つの意味があります。第一に、インフレの抑制がより困難になるということです。金融引き締め政策は、継続的な財政拡張の環境下で実施されているため、政策効果が薄れてしまいます。第二に、政策そのものが市場のボラティリティを生む要因になっているということです。市場は今や、景気循環だけを織り込めばよいわけではありません。市場は、国内の経済状況だけでなく、地政学的要因に左右される政治的意思決定も織り込む必要があります。

こうした変化は二次的な影響ももたらしています。対外政策はもはや金融市場に影響を与える一つの変数ではなく、資本の流れや貿易構造に影響を与える地政学的な手段としての性格を強めています。

地政学的ショックは、単に市場のボラティリティを生むだけでなく、インフレの構造そのものを変化させます。コロナ禍以前、グローバル化は数十年にわたり構造的なデフレ要因として作用してきました。しかし、生産の国内回帰や貿易制限により、脱グローバル化が進むことで、生産コストが上昇しました。エネルギー、金属、重要資源は、戦略的競争との結びつきを強めつつあります。また、AI関連の設備投資の増加も、投資財価格の上昇要因となっています。
 

分散投資を再考

投資家にとって最も重要な示唆は、インフレそのものよりも、それがポートフォリオの分散投資にどのような変化をもたらすかにあるかもしれません1 。例えば、株式と債券の相関関係2は、一般的にインフレ環境の変化に伴って変動します。低インフレ環境では、相関は通常マイナスとなります。インフレ率が比較的低い水準(約2.5%)を超えてくると、その関係は正の相関に転じる傾向があります。

これはインフレ率が高止まりする環境では、株式と債券が同時に下落する可能性があることを意味します。多くの投資家はグローバルに分散投資を行っていますが、従来のポートフォリオでは、今までのような分散効果が得られなくなる可能性があります。

したがって、最大のリスクはインフレの方向性を見誤って予測することではなく、インフレ環境そのものを誤解することにあるかもしれません。地政学的な分断、持続的な財政拡大、そして供給制約の継続によって特徴づけられる世界では、インフレ率が高くなくても市場に歪みが生じる可能性があります。

インフレがある程度高止まりするだけで、従来の市場の経験則は通用しなくなります。そして、その水準はそれほど高くありません。
 

投資家への示唆

最も不安定な環境とは、必ずしもボラティリティが最も高い市場環境とは限りません。むしろ、ボラティリティが過小評価されている環境です。今日のディスインフレは、一見すると望ましい動きに見えますが、その裏には、より根本からの構造転換が潜んでいる可能性があります。すなわち、インフレが循環的で概ね制御可能だった世界から、より構造的で環境の変化に応じて姿を変える世界へと移行することを意味します。そしてそのような世界では、近い将来に発生するショックが前回より大きいものである必要はありません。市場システムがショックに適応しきる前にそれが起きるだけで十分です。したがって、投資家にとって財政政策や地政学的な動向を深く理解することは極めて重要であり、一方で、インフレの変動から恩恵を得られる資産を組み入れることが、マルチアセット・ポートフォリオ運用に重要な効果をもたらす可能性があります。

過去の歴史的なショックの局面において、伝統的なポートフォリオが苦戦するなかで、実物資産3は概して底堅さを示してきました。1970年代後半のような石油価格ショックの時期には、実物資産は株式を上回るパフォーマンスを示しました。同様に、ITバブル崩壊やコロナ後のインフレ急騰の局面にも、株式や債券は苦戦しましたが、実物資産は比較的堅調さを維持しました。こうした底堅さは、実物資産が株式や債券に比べてインフレ環境の変化に対する感応度が高いことを反映していると考えられます。特に伝統的資産への分散投資が機能しなくなった際に、その特性が顕著になります。

Christopher Faulkner-MacDonagh, Ph.D. ポートフォリオ・マネジャー

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分散投資は、利益を保証するものではなく、また市場が下落する局面における損失を防ぐことを保証するものでもありません。

2 相関とは、2つの変数が互いにどのような関係で動くかを示す指標です。値が1.0の場合は並行して動くことを、-1.0の場合は逆方向に動くことを、0.0の場合は相関がないことを意味します。

3 「実物資産」とは、エネルギーや天然資源、不動産、基礎素材、設備、公益事業およびインフラ、ならびにコモディティなど、物理的な実体を有する資産を指します。

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