2025年1 月 / インサイト
投資家は日本の株式持合解消の進捗をどう追跡すべきか
サマリー
- 機関投資家にとって日本株の魅力が一層高まっており、ガバナンス改革の進展がその背景のひとつと考えられる。
- この改革の一環として、投資家は、資本の効率性や利益相反に対する懸念から、日本企業に株式持合の解消を求めてきた。
- こうした投資家の期待に対して企業に理解を促す目的で、ティー・ロウ・プライス・アソシエイツ・インクの子会社であるティー・ロウ・プライス・インターナショナル・リミテッド1 は、アジア・コーポレートガバナンス協会(ACGA)2 の株式持合に関する公開書簡に署名した。当書簡では、ディスクロージャーと監督に関して幾つかの提言が盛り込まれている。
過去10年間、投資家は日本のコーポレートガバナンス改革によるプラスの側面を目にしてきた。一方で、依然として進捗が遅い分野もあります。特に顕著なのは、上場会社が別の上場会社の株式を保有する「株式持合」という関係性が続いていることです。株式持合は2つの理由で問題視されます。資本の効率性に悪影響を与える可能性があるばかりでなく、「友好的」な政策的株主が存在することで、経営陣は少数株主の声に注意を払わなくなる可能性があります。
投資家は、日本企業に対して、双方で持合株式を売却または持合状況を「解消」する目標を設定するよう求めてきましたが、一定の進捗は見られる一方で、解消プロセスにおいて、売却資金の使途の透明性や取締役会がどのように監督しているかに疑問が残ります。
ガバナンス改革が機関投資家の日本株への関心を高める
MSCIの調査によると、30年以上にわたり、日本の中型・大型企業の自己資本利益率3は、欧米の中型・大型企業を下回る水準となっています4。一方、株式市場では、過去20年間にわたって日本株式市場はグローバル株式市場をアウトパフォームしてきました。機関投資家にとって日本株の投資魅力が高まっている一つの要因に、ガバナンス改革の進展があると考えられます。
投資家からの圧力に加え、日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの数回の改訂を受けて、過去数年にわたり取締役会の構成に漸進的な進捗が見られました。これは特に独立取締役や女性取締役の選任が増加していることから明らかです。しかし、株式持合の解消については、緩慢な進捗となっています。
株式持合が自己資本利益率を低下させる仕組み
2023年3月、東京証券取引所(東証)は、プライム市場とスタンダード市場5 の全上場会社に対し、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。当時、日本の全上場会社の半数近くは、株価純資産倍率(PBR)が1倍以下でした6。当社のポートフォリオ・マネジャーは、多くの企業が十分な資本管理規律を適用していないことに懸念を持っており、東証の要請に賛同しました。
当初は東証の要請に対する企業の対応は鈍かったものの、要請に従って情報を開示した企業の一覧表を東証が2024年1月に公表し始めると、対応ペースが加速しました。金融庁は要請発動の翌月、日本の損害保険会社に対して持ち合いしている株式の売却を加速させるように求めました。また、プライム市場上場の72%、スタンダード市場上場の30%が、 2024年5月末までに「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する情報を「開示済み」、または開示を「検討中」と答えています。2023年12月末時点で、これらの数値はそれぞれ49%と19%だったので、この間で顕著に上昇しました7
東証は、企業が現状を分析し、取組みを計画し、開示し、実行することを推奨しました。最初の4カ月間の企業の対応を分析した東証の調査8 によると、PBRが1倍以下の企業における改善への取組みには、成長分野への投資、株主還元の強化、サステナビリティへの取組み、事業ポートフォリオの見直しなどが含まれていました。しかし、投資家の関心は主に株式持合の削減に向けられています。その理由の一つとして、TRPAを含む多くの投資家が、株式持合の割合が純資産の一定の基準値(通常は10%または20%)を超えている場合、経営陣に反対票を投じるという議決権行使ガイドラインを自社の議決権行使方針に盛り込んでいることが挙げられます。
TRPAは2022年に同方針を議決権行使ガイドラインに盛り込み、現在、同方針が有効となった年次株主総会は3シーズン目となります。2022年に経営陣に反対票を投じた後、企業は2023年と2024年のオフシーズンに、投資家の懸念に対しどう対応していくかを明らかにするため、株主に積極的に対話する姿勢が見られました。企業を担当する株式アナリストは会議に参加し、株主資本政策に対する企業の姿勢について話し合う機会が増えました。この姿勢が、次回の年次株主総会での議決権行使の判断材料となります。

市場慣行は急速に変化
当社が最近行った調査によると、多くの企業が解消に向けた目標を公開しており、一部の企業は純資産に占める株式持合比率を20%または10%以下に低下させるよう努めていることが示されました。また別の企業はどの程度削減するかという目標を絶対値として定めています。解消目標を定めていない企業は少数で、今や明らかに出遅れと言えます。しかし重要なのは、投資家は複数年にわたって進捗を注視し、対話を行っていくことです。目標を設定することは前向きな第一歩ですが、企業は秩序ある持合解消を行い、株主資本の責任ある管理者としての役割を果たさなければなりません。
投資家の期待を企業に理解させることを後押しする目的で、当社は2024年4月、他の利害関係のある投資家とともに、株式持合に関するアジア・コーポレートガバナンス協会(ACGA)の公開書簡に署名しました。この公開書簡では、開示と監督に関するいくつかの提言を行っています。
ACGAの公開書簡では、株式持合がいかに企業の資本効率性に悪影響を及ぼすかを説明しています。特定の企業が株式持合で大量保有していれば、その株主は業績不振にもかかわらず経営陣に反対票を投じず、経営陣の経営責任を追求しようとしない可能性があります。また、株式持合に関係する外部者が取締役会に存在すると、その取締役が他の少数株主よりも持合株主の商業的利益を優先する可能性があるため、利益相反に繋がる可能性があります。
重要な提言のひとつは、株式持合の解消を行う企業は、その売却で得た資金の計画を明確にすべきであり、理想的には、東証の資本コストガイドラインに対応する行動計画の一環として行うべきと考えます。

株式持合を解消しても「隠れ」保有に付け替える可能性
場合によっては、株式持合に関して経営陣に反対票を投じれば、企業の資本政策決定に影響を与えます。
こうした行動の結果、今後数年間にわたって株式持合解消のペースはさらに加速していくと見ています。当社の調べでは、過去5年間で、株式保有目的を変更(株式持合の政策目的から純投資目的へ変更)した企業の数が2022年のピークから減少に転じました。これは、この年から反対票を投じる議決権行使方針の日本株への適用を始め、これが経営トップへの圧力となり、株式保有目的の変更につながった可能性が示唆されます。
別の観点では、2021年に日本版コーポレートガバナンス・コードが改定され、投資家と企業との対話ガイドラインで株式持合に重点が置かれたことが契機となって、企業が2022年に株式持合に対するアプローチを見直した可能性が挙げられます。また、金融庁のコーポレートガバナンス改革に向けたアクション・プラン2024では、「6. 市場環境課題の解決」において、株式保有目的の変更に係る問題を指摘しており、金融庁は2024年11月、金融庁は、過去5事業年度において純投資目的の株式として再分類された株式保有について、追加の開示を求めることを発表しました。
日本市場を巡って、当社のこれまでの経験から、投資家、規制当局、証券取引所が何らかの期待を表明すると、日本企業は、比較的迅速かつ前向きに期待に沿うべく行動することが分かっています。社外取締役や取締役の独立性に関する問題解決の時も速やかに対応しました。また、取締役会のジェンダー多様性に向けても行動しました。そして今、株式持合の問題についても同様の進展が見られます。その結果、企業が取り組む変化により、日本株式の魅力的な投資機会がますます増える可能性があると期待しています。
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