2024年12 月 / インサイト
今後の動きを先取り:「嵐の前の静けさ」米国債利回りの見通し
サマリー
- 米国の財政拡大や予想される減税は、好調な経済と相まって、米国債利回りを押し上げる公算。
- 米国債に対する諸外国からの需要の縮小は、利回りをさらに上昇させる可能性がある。潜在的に起こり得る追加関税と移民政策の導入は、インフレにつながる可能性が高い。
- 米国における政策の移行期間は、米長期国債の利回り上昇とイールドカーブのスティープ化に備える機会を提供する。
米国大統領選挙後から新大統領就任に至るまでのこの期間中、金融市場は「嵐の前の静けさ」にあり、投資家は米国債券利回りへの影響を見極めようとしています。引き続き、私は中長期の米国債利回りが上昇し、米連邦準備制度理事会(FRB)の政策金利引き下げで米短期国債利回りが安定するなかで、イールドカーブはスティープ化するとみています。米国大統領選挙前に「今後の展望 米10年国債利回りが5%に達する可能性があるか?」と題したレポートのなかで触れたとおり、2025年第1四半期早々にもこの5%という水準に達する可能性があります。
トランプ氏が公約した政策のうち実際に実行可能なものはどれかを見極めるため、カギとなる複数の要因をモニタリングしています。利回り上昇とイールドカーブのスティープ化という私の予想を支持するものもあれば、そうでないものもあります。総合的に判断すると、支持する要因の方がまさっているとみています。米国の新政権が新たな有益な情報を提供するなか、控えめに言っても、不透明感が生じており、最終的な影響は広範囲にわたるとみられます。米10年国債利回りが6%に達することはあり得るのでしょうか?その可能性はあるかもしれませんが、実際に検討可能になるのは5%を抜けてきてからでしょう。
米国の長期国債利回りが上昇する要因
1. 持続する米国の財政拡大
米国議会予算局によると、2024年度における米国の財政赤字は、国内総生産(GDP)の7.0%に達する見通しです。トランプ氏が減税をを公約としていることから、財政赤字が劇的に縮小する可能性はほぼないに等しいでしょう。米国財務省は、財政赤字に対処するため、今後も新規国債を発行し続け、利回りを押し上げるとみられます。また、諸外国の政府のほとんどが同じようなことをしており、米国と同様、資金需要を巡る競争下にあり、世界的に利回りが上昇していることも念頭に置いておきたいところです。米国の財政状況は他と分けて見られることがしばしばありますが、世界中の多くの国々のバランスシートがコロナ禍を経て膨れ上がっている状況を鑑みると、このような見方は史上最大の誤りかもしれません。
2. 依然として健全な米国経済
中国は追加の景気刺激策を実行し、世界経済の成長を後押しする。米国大統領選挙を巡る不透明感が急激に払拭され、FRBは(1995~1998年の中程度の利下げサイクルのように)相対的に小幅の利下げを行う。これは3つのシナリオの中で最も可能性が高いと考える。
2. 通常の利下げサイクル・シナリオ
どうやら、FRBは経済をソフトランディングに導くことに成功したようにみえます。個人的には目先、リセッションに突入する可能性は低いと見ており、とりわけ、選挙前に手控えられていた需要が顕在化するシナリオが現実となる場合は、なおさらでしょう。
また、たとえ向こう12ヵ月間に金融市場や政策担当者が、予想される利下げの回数を急速に減らしたとしても、FRBは金融緩和策を継続する決意を固めているようで、再びインフレが進行する可能性が高まっています。景気後退への道筋は、金融市場の崩壊を通じたものになると思われます。
3. 諸外国からの米国債需要の減少
米国債に対する諸外国からの需要が明らかに減少しています。日本の米国債保有残高は、2021年に金額ベースで1兆3,000億米ドルを記録しましたが、2024年9月時点で約1兆1,000億米ドルまで落ち込みました。日本銀行は2025年に再び利上げを行う構えであり、多くの日本の投資家が米国債を手放し、国内市場に回帰する可能性があります。一方、中国の米国債保有残高は、2021年に約1兆1,000億米ドルでしたが、2024年9月には7,700億米ドル程度まで徐々に減少しています1。
逸話的ではあるものの、米国債は、クオリティの高い他の先進国国債よりもボラティリティが高まり、一部の新興国国債のボラティリティを上回る場合もあり、潜在的には一部の投資家による米国債離れを引き起こしかねません。
4. インフレを再び偉大に
このところ、インフレ率は落ち着きを見せていますが、多くの政策構想は、成長を促すのみならず、インフレも促進する性質があるように見えます。これを受けて、実際の実行について言えば、政策上の「超えてはならない一線」がどこかを予想するのは興味深いと考えます。インフレは、今回選出された多くの政府高官にとってはキャリア上の成功を制限するものであることは極めて明らかです。
しかしながら、政策変更とそれに続く経済面の反応との間には重要な時間差があるということも我々は知っています。
これまで何度も触れてきたように、関税を導入すれば、インフレを招くと見込まれます。ただ、新政権が選挙中に掲げた公約のなかで、移民政策の変更が、インフレ進行に拍車をかける最大の要因になりそうです。反対の意見としては、第一次トランプ政権において、企業が価格変動の影響を吸収したことでインフレは落ち着いていた、というものがあります。では、コロナ禍の経験は、顧客に対する価格上昇分の転嫁能力に変化をもたらしたのでしょうか?しかしながら、中東からの援助なしで、米国の石油供給会社がエネルギーチャネルを通じて相殺の役割を果たすデフレ効果を生み出すのが困難であることは明白です。
米国の長期国債利回りの上昇を妨げる要因
1. 規制変更により、米国債に対する米国の銀行からの需要が高まる
先ごろ施行されたFRBの銀行規制ガイダンスを鑑みると、FRBの割引窓口を通じて銀行が米国債を流動性資産に転換できるシナリオが明確化されており、銀行が準備金を維持する代わりに米国債保有量を積み増す傾向が強まる可能性があります。ストレス下にあり流動性を必要とする銀行は(2023年3月に見られた地銀を巡る混乱と同様に)、割引窓口で保有する国債を通じて準備金を借り入れることで、流動性ストレステストを経て資金提供を受けることが可能になりました。FRBは、この特別低利率での借入が、厳しい状況にある銀行にとって最後のよりどころだという、長きにわたり存在する市場の偏見を払拭しようと試みています。
2. FRBの独立性の低下に対する懸念が、量的引き締め(QT)に影響か
次期大統領が中央銀行に対する権力をふるうことについて検討していることから、米国の金利市場ではFRBがその独立性を失いつつあり、ますます政治的な圧力下に置かれているという声があります。政治的な要因により、FRBはQTを早めに減速あるいは停止する可能性があります。あるいは、債券購入を再開する可能性さえあります。FRBの独立性が損なわれるのではないかという単なる噂でさえ、米国債に対する需要増につながる可能性があります。
理にかなっていない限定的な市場の反応
米10年国債の利回りは、大統領選挙直後に4.5%近くまで急騰した後、12月初旬には11月4日に記録した4.29%よりも約10bps低くなりました。米2年国債と米10年国債との利回り格差は、大統領選挙前日が10bpsだったのに対して、12月初旬には7bpsでした2 。
このような利回りの変動は理にかなっているのでしょうか?単刀直入に言えば「かなっていない」が答えです。 米国の新政権が政策を実行に移すには時間がかかることを踏まえても、米国大統領選挙前に存在した政治的不透明感は、払拭されています。米長期国債の利回りは上昇し、イールドカーブはスティープ化するでしょう。私は米国政治におけるこの過渡期を、ソーシャルメディアの投稿がもたらす派手で、より気まぐれな環境に回帰してそれが市場を動かす前に、市場の変化に備える好機と捉えています。金利のボラティリティ指標を注意深く監視し、警告の兆候を見逃さないようにしていこうと考えています。
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