QE解除の裏に潜む隠れたリスク

ニコライ・シュミット , チーフ・インターナショナル・エコノミスト

主なポイント

中央銀行の量的緩和(QE)措置が近年、市場に本来存在する多くの力を抑圧しており、そ の結果、不確実性やボラティリティが低下しています。

 

中銀のバランスシート縮小が開始されると、抑圧されてきた力の一部が突如復活し、金融市 場が混乱に陥るのではとの懸念が最近強まっています。

 

しかし、QE解除は多くの投資家が心配しているよりはるかに緩やかなペースで進められる 可能性が非常に高く、その影響が感じられるのはかなり先のことだと思います。これは賃金、 景気、リスクテイクを後押しすると思われますが、その結果、中銀が最終的に市場が現在織 り込んでいる以上に積極的な利上げを迫られる可能性があります。これこそが、多くの投資 家がまだ備えのできていない隠れたリスクです。

 

このため、債券投資においては幅広いセクターに分散したアクティブ運用ポートフォリオを構 築することが最も慎重なアプローチではないかと考えています。

世界経済は過去10年、中銀による「手厚い看護」のおかげで、何とか成長を続けてきました。 中銀のQE措置が近年、市場に本来存在する多くの力を抑圧しており、その結果、不確実性 やボラティリティが低下しています。中銀のバランスシート縮小が開始されると、抑圧されて きた力の一部が突如復活し、金融市場が混乱に陥るのではとの懸念が最近強まっています。 しかし、中銀のバランスシート縮小は市場に影響を及ぼすでしょうが、そのプロセスは大半 の投資家が予想しているようには進まないかもしれません。

 

市場のボラティリティを抑えるというQEの役割は、一般的に認識されていますが、副作用もあ ります。中銀が何兆ドルもの国債や社債を購入してきた結果、市場に出回る資産の量が大幅 に減り、大半の投資家はバランスシートに大量のキャッシュを保有せざる得なくなっています。 それ以降、 バランスシート縮小観測により債券が下落すると、「利回りに飢えた」投資家が 債券をすかさず購入したため、債券の下げは一時的なものにとどまってきました。これに関 しては自己強化的なプロセスが働いています。下げが浅いと認識されると、投資家は債券 をより一層懸命に買おうとするため、下げがさらに浅くなるという構図です。

市場のボラティリティは金融危機の時に急上昇しましたが、米連邦準備理事会(FRB)が 2008/2009 年にQEを導入して 以降はすぐに低下し、現在も低水準にとどまっています(図表1)。

 

図表 1: VIX (1999~2017年)

2017年9月30日時点

 

出所: シカゴ・オプション取引所

ボラティリティ抑制効果ほど幅広く議論されていませんが、QEはマクロ経済の不確実性や景気にも影響を及ぼしています。 一般的には、ブレグジット(英国のEU離脱)、トランプ氏の米大統領当選、中銀の非伝統的な金融政策、中東やアジアでの 地政学的緊張などの大きな政治経済イベントによりマクロ経済データを正確に予測するのが難しくなったと言われますが、 実際の数値はその逆であることを示唆しています。市場予想に対する経済指標の上振れ/下振れを追跡するゴールドマン・ サックスのマクロデータ・プラットフォーム(MAP)サプライズ指数によると、マクロ経済データは3、4年前より予測しやすく なっています。つまり、予測誤差の分散が低下しているのです。このことはQEがマクロ経済の不確実性を抑えるのに役 立ったことを示唆しており、 この結論は「経済政策不確実性指数」によって裏付けられています。同指数は米国の政策の 不確実性が近年、FRBのバランスシートの伸びに反比例して低下したことを示しています。実際、中銀のバランスシート 拡大は不確実性の低下に寄与しただけでなく、不確実性と景気の相関度の低下にもつながっており、これは不確実性が 高い時期でもQEによって景気への影響が緩和されたことを意味しています(図表2)。

図表 2: マクロ経済の不確実性は経済状況に影響

2017年8月31日時点

出所: 米フィラデルフィア連邦準備銀行、経済政策不確実性社

 

QE の3つ目の影響は、米国債の期間プレミアムの低下です。期間プレミアムとは、短期債より長期債に投資する際に投 資家が求める超過利回りです。期間プレミアムは、10年国債の観測されたリターンからTBの今後10年の平均予想金利を 差し引いて計算されます。FRBのバランスシート拡大は、市場によって吸収されなければならない金利リスクの量を減らし、 この結果、期間プレミアムは75bpsへ50bps低下しました(図表3)。また、別の調査では、FRBのバランスシート拡大の影 響でエコノミストが利回り予想を50bpsへ25bps下方修正しています。これが正しければ、QEは米国イールドカーブの「傾 き」と「水準」の両方に影響を及ぼしたことになります。イールドカーブの傾きと債券利回りの全体的な水準を区別すること は、これらの効果それぞれに乗じるポートフォリオを構築できる債券のアクティブ・マネジャーにとっては重要です。

 

図表 3: 米10年国債の期間プレミアム(2000–2017年)

2017年6月30日時点

出所: サーベイ・オブ・プロフェッショナル・フォーキャスターズ、ブルームバーグ・ファイナンス・エル・ピー

 

「ポートフォリオ・バランス効果」は働いているのか?

しかし、こうした影響にもかかわらず、実証データはQEが中銀の期待した形では機能しなかった可能性を示唆しています。 バーナンキ前FRB議長が2010年に述べたように、QEの理論的根拠の一つは、 中銀による長期証券の購入は投資家が 利用できる資産の構成を変えることにより金融状況に影響を及ぼすという「ポートフォリオ・バランス効果」です。より正確 には、この理論によると、異なる資産が相互に完璧な代替とはなり得ないため、ある資産の供給の変化はその資産の価 格だけでなく、市場における他の一つ一つの資産の価格にも影響を及ぼします。

 

これをより理解するため、世界にあなたしか投資家がいない状況を想像してください。資産の供給は固定されているので、 需要が外部の供給に見合うようにするために変えられる変数は価格だけです。従って、異なる資産の価格は、あなたが市 場ポートフォリオの所有に満足できる水準(金融市場の均衡点)まで調整が必要になります。今度は、中銀が資産の供給 を変更した結果、あなたがより多くのキャッシュを保有せざるを得ない状況を想像してください。この場合、あなたはどのよ うな行動を取りますか。あなたがキャッシュの保有を増やすことに満足するには(世界に投資家はあなただけであるため、 この点に関してあなたの発言権はありませんが)、期待リターンがもっと低くないと、あなたは債券を減らし、キャッシュを 増やすことに満足しないので、債券利回りは下がらなければなりません。同様に、株式の場合も、期待リターンがもっと低 くないと、あなたはキャッシュの保有を増やすことに満足しないので、株価は上がらなければなりません。バーナンキ前

FRB議長はこのような論理の道筋について、「FRBに住宅ローン担保証券(MBS)を売却した投資家がその代わりにより 長期で信用力の高い社債をポートフォリオに組み入れた結果、これらの資産の利回りも低下した」と実例を示しています。

ポートフォリオ・バランス効果が今も働いているなら、ボラティリティ1単位当たりの超過リターンを示すリスク・プレミアムは 資産クラス全般にわたり低くなっているはずです。しかし、リスク・プレミアムはFRBのバランスシート拡大を背景に低下し たものの、それ以降は上昇傾向にあり、信用リスク・プレミアムは米国、欧州ともに過去の基準に比べ高い水準にあります(図表4、5)。このことはポートフォリオ・バランス効果が現在は比較的小さいことを示唆しています。

 

図表 4: 米国の信用リスク・プレミアム

2017年9月28日時点

出所: ブルームバーグ・ファイナンス・エル・ピー

 

図表 5: 欧州の信用リスク・プレミアム

2017年9月29日時点

出所: ブルームバーグ・ファイナンス・エル・ピー

 

中銀のバランスシート縮小がいよいよ始まり、経済と金融市場への影響が懸念されているだけに、このことは重要です。

2013年の「バーナンキ・ショック」では、FRBが資産購入ペースを緩める可能性を示唆しただけで、世界の金融市場が大 混乱に陥りました。この時、投資家も中銀もつらい思いをしたため、その再現が想起されるだけで不安が広がるでしょう。 しかし、ポートフォリオ・バランス効果が働いていないとしたら、中銀のバランスシート縮小は中銀や投資家が心配するほ どの混乱をもたらさないかもしれません。

 

FRBは2013年の再現回避に躍起

FRBは2013年の失敗を繰り返すまいと懸命になっており、できることはすべてやってきました。イエレン議長は約4.5兆ド ルものFRBの資産を縮小する計画を発表した時、市場を安心させるため、わざわざ「それは考えられる中で最も退屈な やり方で達成されるでしょう」と述べました。そして、同議長は「これは実行可能なプランであり、ペンキが乾くのを見るよう なものです。これは舞台裏で静かに行われる作業に過ぎません。再投資の減額は月100億ドルからスタートし、15ヵ月後 には500億ドルまで拡大されます。ただし、景気見通しが著しく悪化する場合は、FRBはそのプロセスをストップする用意 があります」と丁寧に説明しました。

 

FRBの言葉を額面通り受け止め、そのバランスシート縮小ペース(と他の中銀がQE解除に着手する時のペース)が非常 に緩やかであると想定してみましょう。これはQEマネーの大部分が今後数年間、金融システムにとどまることを意味します。 それは同時に、投資家がキャッシュを長期間保有する可能性が高いことも意味します。つまり、金融面からの景気刺激の 潮流は今後数年後退するものの、そのプロセスが非常に緩やかであるため、その影響は当分感じられないということです。 結局、多くの人が考えているより長期にわたって現状が維持され、市場本来の力が蘇るほどQE解除が進むまで、市場や マクロ経済のボラティリティは引き続き抑えられると思われます。

 

市場は利上げリスクを過小評価

中銀のバランスシート縮小への懸念が広がる中、多くの投資家はそれがすぐに自分のポートフォリオに影響するかの ような錯覚にとらわれており、そのため、より差し迫ったリスクへの警戒がおろそかになっているようです。我々は中銀 のバランスシートが徐々に縮小される場合より、QEが延長される場合の方が間接的リスクは大きくなると考えています。 なぜなら、金融政策のサポートが継続されると、賃金、景気、リスクテイクに引き続き追い風が吹き、FRBを筆頭に中銀 は最終的に市場が現在織り込んでいる以上に積極的な利上げを迫られる可能性があるからです。実際、FRBが市場 の混乱を招かずにバランスシート縮小の序盤を何とか乗り切れたとしても、このこと自体がより積極的な利上げの可能 性を高めるため、最終的により大きなリスクをもたらす可能性があります。

 

債券投資家はより積極的な利上げサイクルに備えるため、広範な債券セクターへの分散、債券デュレーションの短縮、変 動金利債や資産担保証券への投資を検討するかもしれません。最高の投資機会を発掘するには注意深い分析と銘柄 選択が必要であるため、アクティブ・マネジャーに有利な展開となる傾向があります。こうした環境では、バランスと節度が 大切だと思います。我々はQEにより市場のボラティリティや経済の不確実性が当面抑制され、バランスシート縮小より利 上げの方が大きなリスクをもたらすと考えていますが、向こう数年の市場の方向性について確信を持つのは不可能です。 金融危機以降の中銀のサポートが空前の規模に達し、こうした事態は前例がないため、サポートが解除された場合に市 場がどのように反応するのか予測するのは極めて困難です。このため、利上げに対して異なる反応をする様々な債券セ クターに分散したアクティブ運用の債券ポートフォリオが最も慎重なアプローチではないかと思います。

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